遠野物語教室・昔話教室合同研修
遠野物語教室・昔話教室合同研修が行われました。2004/6/12
遠野物語教室は今年度に入って2回目、昔話教室は3回目の教室で今回は外に出ての研修でした。雨が心配されましたが朝には晴れ上がって大変良い遠足日和になりました。
近くでもなかなか行くことのない所ですが説明を受けながら歩くのはとても楽しいものでした。
続石
『遠野物語拾遺』11番
綾織村山口の続石は、此頃学者のいうドルメンというものによく似て居る。二つ並んだ六尺ばかりの薹石の上に、幅が一間半、長さが五間もある大石が横に乗せられ、その下を鳥居のように人が通り抜けて行くことが出来る。武蔵坊弁慶の作ったものであるという。昔弁慶がこの仕事をするために、一旦その笠石を持って来て、今の泣き石という別の大岩の上に乗せた。そうするとその泣き石が、おれは位の高い石であるのに、一生永代他の大石の下になるのは残念だと謂って、一夜中泣き明かした。弁慶はそんなら他の石を薹にしようと、再びその石に足を掛けて持ち運んで、今の薹石の上に置いた。それ故に続石の笠石には、弁慶の足形の窪みがある。泣き石という名も其時から附いた。今でも涙のように雫を垂らして、薹石の脇に立っている。
羽黒岩
『遠野物語拾遺』10番
綾織村山口(寒風のまちがい)の羽黒様では、今あるとがり岩という大岩と、矢立松という松の木とが、おがり(成長)競べをしたという伝説がある。岩の方は頭が少し缺けているが、是は天狗が石の分際として、樹木と丈競べをするなどはけしからぬことだと言って、下駄で蹴缺いた跡だと謂っている。一説には石とおがり負けてくやしがって、ごせを焼いて(怒って)自分で二つに裂けたともいうそうな。
松の名を矢立松謂うわけは、昔田村将軍が此樹に矢を射立てたからだという話だが、先年山師の手にかかって伐り倒された時に、八十本ばかりの鉄矢の根がその幹から出た。今でもその鏃は光明寺に保存せられて居る。



