第10回遠野学会
第10回 遠野学会を開催
2006年1月28日(土) あえりあ遠野交流ホール
遠野市民がさまざまなところで行う多様な文化活動を、一同に会してそれぞれの研鑚の様子を発表しあう交流の場を、あえりあ遠野 交流ホールに設けました。
1 「遠野郷文化に接して3年」
遠野市商工観光課(徳島・池田町出身)内田 知さん
東京のNPO法人森林協力隊員として旧宮守村に派遣されて活動し、その後村職員、市村合併により現在遠野市職員として働く中で、過疎の山村に自ら飛び込んだ不思議なご縁と前向きな仕事の様子を話された。多少のカルチャーショックもあったがそれを克服し、派遣期限になっても遠野に留まることを四国の両親に連絡して「エッ」と絶句されたとさわやかに語った。
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2 「動物たちと共に生きていく」‐馬がくれたもの‐
遠野緑峰高等学校生産技術科3年 八島 章君
かつての馬産地・遠野で、いま馬と触れ合うことの出来るのは市営の「遠野馬の里」であり、同所での飼馬実習、乗馬訓練の中で、馬は心を込めて付き合えば必ずそれに「やさしい目」で正直に答えてくれることを、感動的な体験として発表をした。
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3 「健康野菜「ヤーコン」の消費拡大を目指して」
同上校 同科2年 菊池悦江 鈴木望美 山中祐美子 新田美幸 の諸君
いま大消費地の首都圏などの健康食ブームの中で、ヤーコンが人気野菜になっているが、当地ではなじみのなかったこの野菜の栽培実習の様子をPポイント映像を交えて詳しく発表した。食材として商品開発の実験も各種行ってみて、食感をどう地域の人たちに受け入れてもらえるかの問題点を提起した。
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4 「小友の昔話」
遠野高等学校 3年 高橋光穂さん
遠野町場あるいは土淵を舞台にした昔話は『遠野物語』で有名であるが、その周縁部である小友地方の昔話はあまり語られない。佐々木喜善が見なかったところの、私の育った藩境の町・小友の昔話を掘り起こしてみたいと思い、鮎貝、小友、長野、山谷、鷹鳥屋・五地域のお年寄りたちから聞き集め研究をおこなった様子を熱意を込めて発表した。
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5 「遠野の産業~ホップ生産」
同上校 3年 細越亜湖さん
遠野市のホップ生産は昭和38年に始まり、冷涼なこの地に適したこの作物は次第に作付け面積を増やして、国産ホップの最大生産地となった。近年はキリンビール株式会社と生産特約を結び、香り高い遠野のホップ添加の製品は「遠野産」ブランドを特化して消費者から好評を得て全国的にも認知された。同社の経営理念「健康」「楽しさ」「快適さ」に同和し、遠野市民として地産地消に貢献しましょうと締めた。
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6 「やさしい遠野旧事記」発刊について
遠野古文書会 小原六郎さん
近世遠野南部氏時代の人・宇夫方広隆が武家あるいは市井の暮らしの様子を著した古文書『遠野旧事記』の口語訳を発刊した事情を語り、執筆する上では「ことばの意味」「人名の正しい読み方」「武家言葉独特の表現」などの解読に多くの時間を割いたと話された。江戸期の中で花開く元禄文化と言われる時代の片田舎・遠野のくらしと、日本史の大きな流れと関連づけて読んでもらえれば更に味があるのではと結んだ。
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7 「金取遺跡について」
遠野市文化課学芸員 黒田篤史さん
宮守村教育委員会学芸員時代の後期旧石器時代を遡るとみられる宮守町の「金取遺跡」第2・3次発掘調査の様子と大きな問題を抱える今後の展望について精細な画像資料を交えて緻密に話された。この遺跡が中期旧石器まで遡れるかどうか、先年発覚した同期の「遺跡発掘調査ねつ造問題」のこともあり、かえって日本で最もむずかしい遺跡の一つになっていることは悩ましくもある。何万年も以前の人類がこの場所で石器類を製作していた痕跡である可能性もあり、日本列島の人類史を紐解く上で重要な資料となり得ることと、出土石器は太古のロマンの重要な”語りべ”であると結んだ。



